1 ● ● ● ● ● ●
深い緑色の穂が風にゆれる。
見渡せば、初夏の農村の田園は青い風の匂いに吹かれて、一面の波打つ海原の様相。
それは忘れていた風景。
徹底的な中央統制型国家であるわが国の農村は、その消費者である為政者たちの方針によって、排気ガスや除草剤などの人体に有害とされる物質に汚染される事が無いように重要環境区域として政府機関に直接管理されている。
しかし、それを作る農民たちは俺たちと同じように工場生産された味気ない合成食を食べているという話だ。
それについて疑問を抱いている連中は少ない数だろう。
なぜなら、俺たちはニンゲンじゃあないからだ。
各職業用に作り出され調整された擬人。
そう、俺も含め、この星の上で生きる人型の知性体の大半はニンゲンじゃない。
道具だ。
村の中心にある一際大きな家屋だけから立ち上る昼餉の煙は、視線の先にそびえる山々のかなたへと流れる雲の群れに届く事も無く、ただ清涼とした空に溶け込んでいく。
村に上がる、一筋だけの白い煙。
いびつな光景。
俺はそんな不自然な景色に、作られた者の悲哀が集約されているような思いを抱く。
そして、頬を伝う熱い液体。
涙?
そう、ニンゲンではない俺たち擬人でも、泣く事はできる。
それは残酷な事だ。
俺は戦士。
「特務連隊 第一戦技室付 第二班班長」として調整を受けた擬人。
試験管から作り出され、戦うことより他を知らないこの俺がながす涙は、塩分を含んだ苦い味がする。
ニンゲンの涙の味はどうなのだろうか?
「班長殿、第二班副班長以下総員8名、異常なく降下終了。まもなく配置完了いたします!」
ヘッドセットに内蔵されているスピーカから副班長のだみ声が響き、俺は我に返った。
幸い、状況下での通信は音声のみに限られているため、戦士としての調整を受けたものには不適格とされる感情的な涙を部下に見られることは無い。
「各自、散開後は周囲の警戒に当たりつつ待機!」
『了解!』
型どうりの指揮を出して、ふと周囲を見渡す。
足場は良くない。
だが、この体ならば、さして作戦行動に支障はあるまい。
『兵隊蟻乙式 特殊兵仕様』
体高3m弱、乾燥重量1.8t、装備重量2.3t。
これが今の俺の体だ。
着ぐるみ型の一般機と違い、最新の人機一体型システムによって制御されるこの機体では、パイロットは機体の表面に埋め込まれた無数の感覚素子からの刺激をデータとして捉え、巨大にして圧倒的な力を秘めた鋼鉄の四肢を思考速度とほぼ同じ速さで操ることが可能となる。
鈍い緑色の装甲に覆われた胸部コクピットは、非常時には射出されて乗員が回収されるシステムとなっており、これは本機の特徴の一つでコストが安い一般兵には受ける事の出来ない待遇だ。
管理局にプールされている遺伝子を、職種に見合った組み合わせに調整して作られる俺たち擬人だが、顕在化する因子に生じるムラの中に偶然含まれる特質がその扱いを左右する。
俺には機械化に耐えうる強靭な精神力と、電子制御すら可能とする高速化された演算能力を持つ脳神経回路などが発現し、多額のクレジットをつぎこんだ様々な処置が施された。
それだけの特殊能力を持たせた兵士を、たとえ擬人とはいえ戦闘ごとに使い捨てるほどニンゲンも馬鹿ではないということだ。
「班長殿っ、私には今回の作戦の意図がわかりかねます!よろしければお教えいただけませんかっ!?」
言葉使いこそ丁寧だが、この班の副長はあからさまに俺に対して敵意めいたものを抱いている。
先任の班長が戦死し、繰り上がりで自分が班長に…などと考えていたのだろうが、そこへエリート組の小僧が上官として送られてきたのだから、たたき上げの彼としてはおもしろくないのだろう。
だが、俺は自分の配下に過剰な自意識など求めてはいない。
「それは作戦発令したニンゲンに対する、反抗精神の表れととっても良いな?」
ピッ
機体のカメラと直結した視界の端に、副班長機のAIから送られてきたパラメータ異常の警告が点滅した。
ウインドウを開けば、アドレナリンの血中濃度上昇と血圧の急上昇、加えて発汗量の増大と脳波の大きな乱れを示すグラフが、作戦行動中としては不適格な数値を表している。
危険な兆候だ。
湧き上がる怒りは必ずしも敵に向けられるとは限らない。
「い、いえ、そういうことではありませんっ」
「俺は作戦行動中の不穏分子の存在を許せるほど寛大でもなければ、背後から撃たれる趣味もないんでね」
「な!?待ってくださいっ!班長ど…」
俺は彼の台詞を最後まで聞くことも無く、副班長機のAIにコマンドを送った。
「搭乗者の自由意志をフリーズせよ」
いま、彼の脳内には確実な効果を持つ薬液が充満し、自由意志を奪い去っているはずだ。
AIが、次に行う非人道的な処置を承認するよう要求してくる。
俺はそれを実行させるのに、なんのためらいも覚えなかった。
「非常用外科的処置を実行せよ」
これから副班長の身に何が起こるかは、モニターを見ずとも分かる。
彼が固定されている操縦シート内部に隠されていた医療用ドリルによって後頭部に穴が開けられ、フレキシブルなコードからなる制御端子がその穴から脊髄の神経束に差し込まれていき、周囲の組織に不可逆的な損傷を与えながら一本一本の神経と接続されていくはずだ。
一秒ちょっとの間、痙攣にも似た蠕動を起こしていた副班長機の動きが止まる。
接続が終了したのだろう。
案の定、彼の機体は妙にこわばった動きで、AIの完全制御による神経接続検査のための一連の動作を行った。
機械によって制御され、飼い犬よりも忠実に上官の命令を実行する殺人機械の誕生。
残酷なようだが、その時の俺は戦闘前に不穏分子を見つけて排除できた事に、ただ安堵していた。
2 ● ● ● ● ● ●
「んっ、うんっ」
どうにも、この詰襟ってヤツは好きになれない。
俺は消毒液の匂いがこもるエレベーターの中で礼服の詰襟をいじりながら、今日何度目かの咳払いをついた。
先の作戦での功績が認められ、その表彰を受けるために会場へと向かう途中だ。
チンッ
感じていた上昇感が喪失し、レトロなベルの音とともに鏡面仕上げの扉が開く。
「あ、失礼します…」
乗り込んできたのは、分厚いファイルを大事そうに両手で抱えた女性士官。
軍の中心部に勤めるエリートにしては幼い顔立ちに思えるが、これは彼女の上官であるニンゲンの趣味だろう。
自分の秘書官の容姿を自分の好みに整形するなど、ここでは茶飯事だ。
ときどき上目使いにこちらを見ては、目線が俺とあうたびに頬を赤らめてうつむくさまなど、確かにニンゲンが好みそうな仕草だ。
どうやら、この娘の上官は徹底した清純派が趣味らしい。
「あの、もしかして第一戦技室長殿配下のカワラザキ特務長殿ですか?」
声まで清純な響きときたか。
「そうですが、キミは?」
ハッとした顔で、姿勢を正して答える彼女。
「あの、わたし、戦技室長付きの秘書官、コバヤシ アヤノといいます。あの、あの、本日は特務長殿をエスコートするようにとの指示を受けていたのですが、その、寝坊してしまいまして…その、それで急いで隊舎に連絡を入れたんですけど、すでにこちらへ向かわれたとのことでしたので、あの、お探ししていたところなんです…」
何度かつっかえながらも一息にまくしたてた彼女は、敬礼の姿勢をとったまま不安げに俺の様子をうかがっている。
削除及び訂正、だな。
この娘の性質は、どうやら意図して作られたものではないらしい。
自分の秘書を能無しに作り変える馬鹿が直属の上官であるなどとは、思いたくも無い。
「うん、ご苦労様。それでは案内を頼むよ、コバヤシ秘書官」
「はい、あの、こちらこそよろしくお願いします」
とがめられることが無いと分かって、彼女の顔に屈託の無い微笑が咲く。
俺はなんとなくすっきりした気持ちになりながら、彼女に続いてエレベーターを後にした。
その表彰式は、以前に経験した何度かのそれと負けず劣らず退屈なものだった。
ペットコンクールの会場で、所在無げに周囲をみまわす柴犬にでもなった気分だ。
軍上層部のお定まりな賛辞、俺の戦績紹介と勲章授与。
壇上に上った俺が、戦技室長からわたされたレポート用紙の内容そのままをスピーチして一端の区切り。
その後はニンゲン同士が立食形式の食事をとりながら雑談に興じるだけで、俺は蚊帳の外。
話している内容はといえば、秘書官の自慢など下種な事ばかりで、ときおりこちらを見ては小声でなにかをささやきあって含み笑いをもらすのも、今では腹も立たない。
「まぁ、いつも通りの嫌味な雰囲気ってやつか…」
ため息混じりのぼやきも出ようってもんだ。
「あの、特務長殿、なにがいつも通りなんですか?」
「!?」
動揺のあまり、手にしたシャンパングラスから黄金色の液体がこぼれる。
「あの、すみませんっ。こんなに驚かれるとは思わなかったのでっ」
俺の礼服のズボンにこぼれたシャンパンを慌ててふき取りながら、小柄な女性仕官が上目使いで謝罪していた。
「キミか、コバヤシ秘書官」
さっきのボヤキをニンゲンに聞かれていたなら、反抗的思想の持ち主ということで一週間の独房入りになりかねないところだ。
「す、すみません。あ、あの、戦技室長殿が別室でお待ちになっておられます。至急出頭するようにとのことです」
助かった。
ただ退屈だからというだけの理由で、一応自分が主役の式典を抜け出す度胸は持ち合わせていない。
客の大半がニンゲンという状況ではなおさらだ。
「あの、ご案内いたします。特務長殿が退出される事は、もう上に報告してありますので」
「そうか」
一つうなずいた後、妙な空気を感じて立ち止まる。
軍人の勘、というわけではないが、会場全体の雰囲気が妙だ。
「どうなされました?あの、お加減でも悪いんですか?」
俺がよほど深刻な表情をしていたのだろう。心底から心配している表情。
いい娘だ。
よほど善意と良識のあるチューナーのもとで育てられたのだろう。
「いや、大丈夫だ。それじゃ、案内してくれるかな?」
顔を合わせてから初めてみせる俺の笑顔に、とたんに安心した表情になる彼女。
「はいっ、ご案内いたします。特務長殿」
先を歩く可愛らしげな後ろ姿。
俺は自分の鼓動が何時しか早くなっている事に気付いて、苦笑した。
3 ● ● ● ● ● ●
「あの、それでは失礼します」
ドアが閉まる寸前に彼女がウインクしたと感じたのは、俺の気のせいだろうか。
俺が案内されたのは、擬人たちの間でLセクションと呼ばれる区画の一室だった。
この区画はニンゲンの職員のみで構成された部署で、擬人の間でささやかれている噂を伝え聞いた話によれば軍の中でも最重要の機密事項とやらを扱っているとの、曰くありげな場所だ。
「カワラザキ特務長、第一戦技室長殿の命令により出頭いたしましたっ」
人気の無い部屋に向かって大声を張り上げる。
当然の静寂。
たとえようも無くむなしい気がすると同時に、あの秘書官の顔が脳裏に浮かぶ。
「あのコ、部屋を間違えたんじゃないだろうな?」
不安を声に出した事で、体にどっと脱力感を覚えた。
「はぁ…」
思わずついて出たため息と同時に、それまで単なる壁としか見えなかった一部分が音も無くスライドして口を開ける。
そこから現れたのは、よく日に焼けた褐色の肌と彫りの深い顔立ちが印象的な、深紫色の軍服を着た男。
「ご苦労、河原崎特務長。これからは部屋の壁に報告する必要はないぞ」
本来なら階級章のついているいるべき位置に、金モールで縁取りした若葉の形の職種徽章が光り、その男が連隊の長クラス、若しくはさらに上の権力を有している事を示している。
「か、カワラザキ特務長、出頭いたしました。戦技室長殿はご在室でしょうか?」
「彼なら、とうに引継ぎを終わって帰ったよ。今日から君の身柄は私があずかることになった」
「は!?」
配置転換の書類を俺に示しながら、話を続ける男。
「これからは階級無しで河原崎君と呼ばせてもらうよ。私は堂島淳、君たち擬人がLセクションと呼ぶこの区画を任されているものだ。仲良くやろうじゃないか。そうそう、なにか質問はあるかな?」
「ここでは、内勤につくことになるのでしょうか?」
疑問をぶつけると、彼は意外そうな顔で聞き返してきた。
「何も聞いてないのかい?」
配置転換はおろか、Lセクションへの出向すら俺は事前に聞かされてはいない。
「まぁいいか。河原崎君、ここでの君の任務は、新しいユニットを装着してそれを最大限に使いこなすための訓練を受ける事だ。秘匿事項のため全プログラム終了までのおよそ半年間、ここから外部へ出る事は許されなくなる。了解しておいてくれ」
ここへ来てから、約一週間が過ぎた。
俺はここでの退屈な生活に、早くも忍耐の限界を感じ始めている。
堂島から聞かされていた「特殊な訓練」も無く、やることといえば何も無い自室で待機する事だけ。外出は禁じられ、娯楽も無い上に、ここで出会う人間といえば無愛想な奴らばかりで話し相手すらいない。
健康状態をモニターするため、俺の頸部端末に取り付けられた発信用デバイスの調子が悪い。
今日だけでも、3回ほどのしびれるような痛みを感じている。
ポピピッ
来訪者をつげる電子音が、壁付けのインターコムから響く。
「はい。どうぞ」
かすかな圧縮空気の排出音とともにドアが開く。
ニンゲンの技師が、やっとデバイスの調子を見に来る気になったかと思っていた俺は、そこに意外な人物の顔を見ることとなった。
「あの、あの。私のこと、おぼえてらっしゃいますか?」
少し上気した頬、多めの前髪から覗く大きな潤んだ瞳。
この間の表彰式典のときと違って、アップにしていた髪を一本の太めで長いおさげに編んでいて、それを指先でモジモジといじくっている。
「…コバヤシ秘書官、ここで何をしている?」
ただ単に質問しただけのつもりだったのだが、彼女は詰問されたと受け取ったようで、ピョコンと大きくお辞儀をすると涙をいっぱいにためながら一気にしゃべり始めた。
「あ、あの、すみません特務長殿。あの…私、今日…本日付でこのセクションに配属になりまして、それで特務長殿の補佐につくように命じられて、それで、あの、嬉しくって。だから…」
言葉を続けるうちに半分泣きが入ってきたのか、だんだんと顔がうつむき加減になっていき、それと同時に小さななで肩が小刻みに震え始めている。
「いや、その、なんだ。別に責めているわけではないんだよ。ただ、いきなりだったから驚いて質問しただけで。ほら、落ち着いて。ね?」
俺は今まで軍務一辺倒な人生を送ってきたせいで女性の扱いに慣れていない。
ましてや、自分が原因で泣き出されるなどという非常事態に対処することなどできるわけもない。
「なんていったら良いのかな。謝る。頼むから泣かないでくれ。ぶっきらぼうな言い方したんだったら謝るから、ね」
彼女の前で手を合わせ、頭を深く下げてこれ以上ないほどの謝意を体で表現する。
これで駄目なら、後は土下座するくらいしか思いつかない。
「…くす。やっぱり、特務長殿って良い方なんですね。すみません、とりみだしてしまって」
こわごわと顔を上げると、彼女は真っ赤にした目の縁を官給品の白いハンカチでぬぐっているところだった。
ふと目と目が合う。
すると彼女は少し照れくさそうにはにかんだ笑顔を浮かべ、ピッと姿勢を正すと最高の笑顔で敬礼してみせた。
「あの、マサヒロさん、お料理されたことはないんですか?」
アヤノが白いエプロン姿で、システムキッチンに立ちながら聞いてくる。
あの日以来、俺は狭い個室から施設内のニンゲン居住ブースへと移らされ、そこで魅力的な同居者と生活を送っていた。
軍が、いや、ニンゲンたちが何を考えているのかは分からないが、今までの戦闘ばかりの毎日ではない、心安らぐ生活が日々続いている。
「ああ、俺は戦闘用の調整と訓練しか受けてないからね。食料の調達ぐらいは出来てもちゃんとした調理は無理だな…そうだ。この機会にアヤノ君におしえてもらおうかな?」
一ヶ月の生活で、俺たちはいつしかお互いを名前で呼び合うようになっていた。
これまでは単なる個体識別用の単語でしかなかった名前が、今では口にするたびにそれの存在がつややかなものになっていくように感じる。
彼女と暮らし始めて、俺は自分が満たされていくのを感じていた。
戦闘用擬人として生きていた俺には戻りたくない。
何時までもいとしい人とともに生きていたい。
いつかかるとも知れない呼び出しを待ちながら過ごす日々の中、俺の心の中にはそんな感情が大きく存在するようになっていた。
そして、それに気付いた時、俺は一つの計画を実行する決意を固めていた。
実行するなら早いほうがいい。
4 ● ● ●
● ● ●
身体の感覚が無い。
超感覚ユニットはおろか、五感すら機能していないようだ。
気がついたとき、俺は暗黒の空間の中に漂っていた。
排気ダクトをアヤノとともに抜け出た瞬間からの記憶がとぎれている。
アヤノは無事なのか?完璧だったはずの軍からの脱走計画が何故失敗したのか?俺は死んだのか?
疑問ばかりが浮かんでくる。
アヤノ…
一時の激情によってとった俺の行動が彼女を傷つけるようなことにでもなっていたなら、俺はどう責任をとればいいんだ?
「んー、意識が戻ったようだね。河原崎君」
真空状態の中、どこかで聞いたような声が響いた。
「君は生きているし、小林君も無事だよ。悲観的になる要素は一切無いはずだから安心したまえ」
ヒトを見下したかのようなニュアンスとアクセント。
そして妙になれなれしい呼び方。
以前は気にもならなかったことが、今では妙にいらだたしく感じられる。
「堂島っ!」
激昂する意識にあわせて、徐々に五感が戻ってきた。
どうやら俺はベッド状のものに横たわっているらしい。
頭部を何かがすっぽりと包み、締め付けている。
そして、四肢をベルト状のものでがっちりと拘束されているらしい痛みと、全身を包む生暖かい感覚、これは生体組織活性用の羊水ベッドか?
「いきなり呼び捨てかい?感受性向上のためのロープレが効果をあげすぎたようだね」
ヘッドセットと一体になったイヤフォンが耳に差し込まれているのだろう。
こちらの声が水中でごぼごぼと響くのに対して、ヤツの声は明瞭に聞き取れる。
「妙な自意識まで目覚めさせてしまったようだな。まあいい。ところで、これを見てくれるかな?」
目の前が明るくなり、白い画面が浮き上がる。
眼球装着型のディスプレイがつけられていたらしい。
神経接続ができない者が使うための情報機器で、前世紀の遺物のようなものだ。
「教育に移る前に、これまでの訓練のおさらいをしようと思ってね。そうそう、君は神経接続で情報を送らないことを疑問に思っているんだろうけど、これには訳があってね」
視界全体に映像が映し出される。
「これが以前の君の状態を表す図だね。君自身の意思で自由に入出力が可能な状態だったわけだが…」
映像が切り替わり、微妙に異なるもう一枚の図が表示される。
「君の身柄を確保した後に行った処置によって、現在はこうなっているわけなのだよ」
「な、なんだと…」
思わずうめき声が漏れてしまう。この図が示しているのは…
「そう。脳全体をカバーしている入出力端子が君の制御下を離れたんだ。新しく組み込んだシステムともども、今後、君の脳は私の制御下に置かれる」
無遠慮な侵略行為。
俺の意識を、檻の中に閉じ込めたとこの男は言っているのだ。
「神経接続の調整に時間が掛かるから、まだこちらからの入力はできないけれど、それが済み次第、君の深層意識に新しい人格を刷り込む予定なんだ。 ふむ。ずいぶんと興奮状態にあるようだね。このままじゃ次の段階に進めないから、小林君、河原崎君を眠らせてあげたまえ」
アヤノ?
無事だったのか。
「はい、堂島様」
イヤフォンを通して、聞き違えるはずも無いアヤノの声がかすかに伝わってくる。
俺は薬物の効果によって次第に薄れていく意識の中で、必死にアヤノの姿を見ようと目を凝らした。
だが、両目に取り付けられたディスプレイが暗転すると同時に、俺の視界は再び虚無の暗黒のみを映し出し、その願いがかなうことは無かった。
5 ● ● ● ● ● ●
夢を見ている。
夢の中で目覚めた夢。
その中の俺は、誰か別の人間の体の中から周りをながめていた。
今の俺は眺めているだけの傍観者でしかなかった。
宿主のぼやけた視線が目線が周囲を見回すと急激な視点の変化に気分が悪くなる。
落ち着いていつもの視界と比べると新しい視界はずいぶんと視点が低く、宿主が俺よりも小柄な体格であることが分かった。
起きぬけのはっきりしない目をこするためにあげたらしい手の指が白くて華奢なつくりをしている。長くて形良い爪からみて、この人物は女性だろうか。
次第にはっきりとしてきた視界が下方向へと移動していく。
たおやかな動作であげられた手が、寝巻きにしていたらしいベージュ色のブラウスのボタンを上から順に1個1個はずしていき、次第にその下の素肌があらわになってなっていった。
開いたあわせの間に、充分な質量を感じさせるたわわな乳房がまろびでる。
アヤノの倍程度の大きさを誇る、超巨乳の持ち主だ。
彼女は体の中からのぞき見ている俺には気づいていないらしく、躊躇することなく服を脱ぎ捨てたあと、下着も着けない全裸でベッドルームを後にして深い絨毯の上をどこかへと向かっていった。
部屋の中に大きな姿見があるのが視界の端に入ったが、彼女の視点でしか外部を見られない以上は彼女が鏡を覗き込むのを辛抱強く待つしかあるまい。
そうこうしているうちに、彼女が廊下の突き当たりにあるドアを開いた。
脱衣所。
そして、高価なシャワーユニットのハッチ。
全方位噴射タイプの全自動シャワーユニットに入った彼女は、水蒸気に薄目がちになりながらも俺にみせつけるかのような緩慢な動作で視線と手のひらの愛撫を己が全身に施していく。
視点から言えば俺は自分自身を見ているということになるのだろうが、現実味の無い状況の中、俺はかぶりつきで濃厚なストリップを見ているかのようなエロティシズムに陶然と酔い始めていた。
プシュワァァァァァ…
ふと気がつくと映像だけだった世界にいずこからか水音が聞こえ始めていた。
それが大きくなってくるにしたがって柔らかい何かが全身を包んでいるような、それでいてくすぐったいような感覚が伝わってくる。
この心地よい熱さをともなった、体表を流動する液体の感覚は…シャワーなのか?
「これは夢だったはずだ…」
聞きなれない女性の声が水音にかき消された。
そして、言葉を紡ぐために開いた唇を伝わって湯の飛沫が勢いよく口内に飛び込み、俺を激しく咳き込ませる。
か細くなってしまった喉を灼く現実味を帯びた苦しさは、これが間違いなく「我が身」に起こっていることなのだということを、いやおうなく、そして瞬時に俺に認識させ、驚かせた。
乱れた息の中で驚愕に見開いた瞳は、直接噴射された熱湯の奔流に耐え切れず、すぐに閉ざさざるをえなかったが、一瞬の視界に入った俺の肉体が以前のものとはうって変わった丸みを帯びた曲線によって構成されていたことは見紛うはずもない。
「どうなってるんだ!?」
背後にあったノブを手探りで握り締め、シャワーが止まるのも待たずに荒々しく開け放つと、俺の体は全自動シャワーユニット特有の小さなハッチから、長年このユニットを使い慣れた住人のように淀みない動作で脱衣室へと出ていたのだが、今の俺にはそんなことを気にしている余裕などなかった。
乾燥処置を受けずに途中でユニットを出てしまった俺の顔には、たっぷりと水分を含んだ長い髪の毛がまとわりついてうっとうしいことこの上ない。
そこから流れ落ちる水滴が体表を伝わり落ちていき、胸に盛り上がった二つの半球の間を流れていった後、すべらかな腹部を下って下腹部になんら障害を覚えることなく会陰から滴り落ちているという事実は、この体がすでに男性としての特徴を持っていないことを明白にしている。
「何で俺がこんな体になっちまってるんだ!?ふざけるなっ!!」
激情に駆られて、振りかぶった拳をシャワーユニットのドアに叩きつける。
しかし、その行為は目いっぱいの力で振るった腕が鋭い痛みに疼いただけで、自分がプラスティック製のドアひとつ傷つけることもできない無力な存在になってしまったことを強く認識させるだけの結果に終わった。
「…くうっ、うっ、うっ」
赤く腫れてきた右手を抱えて膝を折る。
軍人としての、いや、男としてのプライドを粉みじんに打ち砕かれて、今の俺は体だけでなく、精神まで弱弱しく成り果てていた。
惨めさと不安が涙になって、後から後からこぼれ落ちてくる。
こんな体じゃアヤノを抱いてやれない。
それどころか、彼女に会ったとしても俺だと分からないに違いない。
考えれば考えるほどに絶望感が心を支配していく。
こんな辱めを受けるくらいならいっそのこと…
俺は立ち上がって、壁に作り付けになっている洗面台の前に立った。
正面の鏡には、泣きはらして赤い目をした少女が写っている。
俺は一瞬動きを止めて変わり果てた自分自身の鏡像を観察した。
太い眉や少し鋭い目の形がどこと無く男だった頃の面影を残してはいるが、小ぶりだがすっと通った鼻筋や初々しいピンク色の小さな唇といったパーツと一緒に女性らしく柔らかな輪郭を描く顔の中におさまっている今となっては、長い黒髪とあいまって、凛として清潔そうな印象を与える魅力的な少女の面差しをいっそう引き立てる結果にしかなっていない。
屈辱的な自分の姿を映す鏡から目をそらし、洗面台の引き出しを探る。
しかし、目当てのものはなかなか見つからなかった。
ヘアコーム、カールスポンジ、ヘアスプレー、洗顔剤…
違う。こんなものじゃない。
剃刀かハサミでもあれば、この狂気じみた状況から「死」という手段によって簡単に逃れることができるのだが…
「あぅんっ…」
いきなり生じた、左胸と股間への何者かの愛撫による快感。
俺は思わず甘い声をあげていた。
背後を振り返ろうとした動作も、耳朶をとろけさせる熱い吐息と的確に快感を探り出す執拗な指の動きに翻弄されて中途で止まってしまう。
「あ…やめ、はんっ、んっ…だ、誰な…の」
詰問しようとしても、体全体を弛緩させ脳を白く染め上げていく女性として初めての快感には抗えず、その上、なぜか自然と挙措動作が女性のものへと変わってしまい、振り払おうとする手足にも力が入らない。
今の俺に抵抗力が無いと見て取った相手は、一気に畳み掛けるよう更に体を密着させて、自分がイニシアチブをとりやすい体勢へと移行していった。
もちろん、快感を与える手は止めないままだ。
何時の間にか俺は座らされ、背後の相手に身を預ける形で大きく開脚した状態にされていた。
白濁した脳からは羞恥心が飛び去り、後に残っているのは淫欲にボケた瞳を宙にさまよわせ、うつろに開いた唇の端からよだれを垂らしながらされるがままに快感をむさぼる堕落した魂と過剰なまでに敏感な娼婦の肉体。
「あの、マサヒロさん、新しい体の具合はいかがですか?」
皮肉混じりのニュアンスを含んで質問してきたのは、恋焦がれていた声。
襲撃者の思わぬ正体に、とろけきっていた俺の脳に知性の光がさしこんでくるが、それまで柔らかく肉芽を揉んでいた指が荒々しく秘部に突き入れられる激しい刺激によって、かすかに蘇った自我は再び燃え盛る肉欲の炎に灼かれていく。
「やっ、アヤノ、やめて…んっ。俺…俺、ばかになっちゃうううぅ」
「俺なんて言葉、女の子が使っちゃ駄目です。これからみっちりと教育して、ご主人様がどこに連れて行っても恥ずかしくない”優秀”な秘書官にしてあげますからね♪」
愛しい女性の台詞は、俺たちの関係が恋人同士から調教者と性奴隷の関係へと完全に変わってしまったことを宣告していた。
女同士のつぼを知り尽くした愛撫に流されていく微かな理性のなか、俺の頭の中にLセクションにまつわる最も信憑性が無いと思っていた噂話がぼんやりと思い出される。
(班長、あそこに呼び出されたもんは、二度と戻ってくることがないらしいっす。そのかわり、半年もするとその部署に別嬪さんの秘書官がおくられてくるらしいんすけど…その秘書官ってのが、どうも異動したまま戻ってこない上官の面影があって、いや、もちろん可愛いらしいんすけどね。でも、なんか似てて気味が悪いって話なんすよ…気味ぃ悪いっすよねぇ……)
表彰式に出席していたニンゲンたちの、奇妙な期待をふくんだかのような俺への視線。
戦士として不必要なはずの人間的な感情を呼び覚ますためにしくまれていた、彼らにあてがわれた女性との恋人同士としての甘い生活。
そして、今の俺を翻弄している異常な現実。
「アヤノ…こんなことがニンゲンにとってどんな利益を生むというの?」
気力を振り絞って最大の疑問を投げかける。
戦士としての自分より、女としての自分をニンゲンが求めていたというなら、最初から俺を女性体としての設計で作り上げればよかったはずだ。
なぜ、こんなに手の込んだ屈辱的な状況を強制されなければならないんだ!?
「簡単なことよ。ニンゲンたちにとって、自分たちより優れた戦績を残した擬人を性奴に堕として奉仕させることこそが最大の満足感を生むから。それが答え。
”他の奴らの奴隷よりも自分の奴隷のほうが勇敢な戦士だった。だが見ろ、こいつも今ではニンゲンさまの、俺様の性器にしゃぶりついて離さない淫乱なメス犬。俺はこいつをここまでおとしめてやったんだ”
そういう優越感をニンゲンが味わうためだけに、”私たち”は作り変えられたの」
話の間もとめどなく続く受身の快感。
その中で聞かされた己の存在意義。
あまりのくだらなさに、俺をなんとか持ちこたえさせていた心の中の何かが音をたてて崩れ去っていった。
その残滓をさらっていく自我崩壊と肉欲の高波は、相乗効果で身体の快感を増幅して「カワラザキ マサヒロ」という戦士の精神を跡形も無く洗い去っていく。
そして…その何もかも無くなったかに見える精神の底から現れたのは、あきらかにいままでの俺とは異質な、しかし、どうやっても抗いがたいほどに強く刷り込まれている、擬人本来の従属プログラムだった。
俺は。
おれは。
おれはダレダ…
おれはナニヲスレバイイ?
オレハドウアレバイイ?
コワレル。
コワレテイク。
ソシテ…
ギジンホンライノタマシイガオレノココロヲオカス…
イヤダ。
ダガ…カンビ ナ イザナイ。
オレハ… アタシハ…
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6 ● ● ● ● ● ●
「マサヒロ、まだ男の意地を通す?それとも…私と同じようにこの体を受け入れる?」
逡巡すらしなかった。
「うん、アヤノ…」
すでに体は別の生き物へと変化している。
そして、心がそれを受け入れてしまった。
「いいコね…これから私が責任を持って、あなたを自分自身の存在意義を果たすことができる”牝”に昇華させてあげる…」
「うん、アヤノ…して…アタシ…にもっとすごい快感を教えて…」
常識という抑制から解き放たれて、愛液の泥沼と化していく俺…アタシのヴァギナに熱くて硬いものが押し付けられる。
異常に研ぎ澄まされた性感は、自分の小陰唇が肉棒の先端を飢えた小鳥の雛のようにすすんでくわえ込んでいくのを感じさせ、アタシは女としての自分の肉体の貪欲さに思わず頬が赤らんだ。
それを背後から覗き込むアヤノの目は、友人にびっくり箱をわたす時の子供のようにキラキラと輝いてアタシの表情をうかがっている。
「これ…本物?」
照れ隠しとはいえ、つい先ほどまでの自分からは想像もつかないほどに今の状況を受け入れきっている言葉を発した自分自身に顔面がさらに熱くなっていく。
「ん〜…マサヒロ可愛いっ!あっ、これね、私が堂島に頼んだの。あなたを女性化させた後で愛してあげるためには絶対にこれがいるって言ってね。ふふ、三年ぶりの感覚だわ…」
「ふ〜ん…んっんんぅ…」
納得の相槌をうっている最中に、アヤノの分身が圧倒的な存在感でアタシを押し広げながら入ってきた。
思わず上ずった声は深く絡めてきた彼女の舌を伝って、口腔内へと唾液とともに消えていく。
「んんっ、アヤノぉ」
内臓をえぐられる快感。
それにともなう浮遊するかのような快感は、現実味を急激に喪失させてアタシの不安を呼び起こし、いままで所在なげだった両手は無意識のうちに彼女の顔を強く引き寄せて、さらにディープなキスを交わす行為によってその不安をかき消そうとする。
「んふふ…かわいくて…いやらしいよがり顔。男だった頃のあなたに見せてあげたいくらいだわ」
「やだ…アタシなんて…可愛くない…よ…」
女になったばかりの自信の無さが、自分を卑下する言葉を紡ぐ。
無理に首を曲げて見やった先にあるアヤノの顔は、アタシの言葉に得心の笑みといたずらっ子の表情を浮かべていた。
「…なに?」
「マサヒロさ、まだ自分のことよくわかってないよね?」
「…うん…ひあっ!?」
にやりと笑ったアヤノの表情に嫌な予感を覚えた瞬間、突然体が浮き上がり、それと同時に自分の体重がモロに結合部へとかかってくる。
「やぁっ!?ふ、深い…んんっ、深いよぅアヤノぉ!?」
上半身だけをひねって反射的にアヤノにしがみつくが、彼女が後ろから両足を抱え上げたことで体勢が変わり、まるで母親が幼児に小用させる姿勢そのままに抱え上げられてしまった。
本来なら、恥ずかしいのが気持ちいいなんて考える自分が腹立たしいはずなのに、今ではそれを受け入れてしまう自分のほうが心の中に大きく存在している。
「マサヒロ、女としては初体験の癖に発情した牝猫みたいに乱れちゃって。ふふ…今のあさましい自分の姿、じっくり見るといいわ」
アヤノがアタシを両手と腰の三点だけで抱えて歩き始めた。
アソコに抜き差しされる肉棒の動きが彼女の一歩一歩と連動し、今まで以上に激しいストライドで快感を掘り起こしていく。
そして、恥辱的な姿での拘束になすすべも無く翻弄された上、それに被虐的な快楽すら感じている自分自身への羞恥心の高まりすら快感として加わり、彼女が目的の場所で足を止めたとき、アタシの陰部から流れ落ちる愛液はアヤノの太腿から下をぐっしょりと濡らして、通ってきたルートに濡れた傘を引きずってきたかのような跡を残していた。
「やだぁ、マサヒロったら多淫症なんじゃないの?それとも…完全な牝にまで堕ち切っちゃったのかな?でも、どちらにしても…可愛いわよ♪」
思考力のうせた頭には侮辱的な言葉も心地よく響き、アタシは淫蕩にふやけた表情で彼女の肉棒をキュっと締め付けてそれに応えた。
「あ、んっ…」
ふと見た横手には大きな姿見があり、陶酔しきった表情のアタシの表情と、肉棒をくわえ込んでヒクヒクとしている愛液滴る陰部、そして痛いほどに尖ったピンク色の乳首をつけた豊満な乳房が揺れるさまを克明に映している。
「あはっ、自分が完全に色情狂の顔になってるのが分かる?それにここの締め付け、とってもいいわ。戦技室長殿もお喜びになるわよ。
淫乱な第二秘書官は、元は十五回もの受勲歴のある冷徹な特務班長。清純なふりしてるサドっ気たっぷりの第一秘書官は、軍刀で150人もの敵兵を惨殺した異常な経歴の持ち主。
他のどのニンゲンも、こんなユニークな経歴を持つ秘書官なんて飼ってないわ」
ひかがみを持っていたアヤノの手にさらに力が入り、体が放尿ポーズのまま持ち上げられていく。
深々とアタシを貫いていた彼女のペニスは、ニュポッという粘質の音を立てて抜け去った。
やだ。ぬいちゃやだ…
喪失感に伴うその感情はアタシが身も心も淫乱なオンナノコになってしまったことを、何よりも強く自分自身に認識させる。
「アヤノぉ、意地悪しないでぇ。お願いだから入れてよぉう…」
自然と鼻にかかった甘え声が出ていた。
いつしか両手も、更なる快楽を求めて自分自身の豊かな胸を揉みしだきながら、どろどろの女陰に激しく指を使っている。
ダメ…こんなのじゃ満足なんてできない。アソコに太いのを入れて。激しく突っ込んで。奥までかき回して。
頭の中が一色に染まってきて、それ以外のことなんて何も考えられない。
「じらしちゃいやぁ…なんでもするから、アヤノのオチンチンちょうだぁい…」
半狂乱になって叫びながら、「肉棒を入れてくれる人」の顔を鏡ごしに見つめる。
そんなアタシを見た彼女は、不思議と穏やかな表情に複雑な笑みを浮かべると、正面に顎をしゃくりながら言い放った。
「もっと気持ちよくして欲しいの?だったら、あそこにいる方に頼みなさい」
彼女が指したほうを見る。
何で今まで気がつかなかったんだろう。
いつからいたのか、部屋の窓際のソファにはガウン姿の戦技室長が座っていた。
その股間からそびえる逞しい陽根はあきらかにアタシを狂わせていたアヤノのものよりも大きく、その表面には抜き差しすると気持ちよさそうな、ごつごつした凸凹までついている。
「どう?あれってたまらなく欲しくなっちゃう形でしょ?あの方が私たちを気持ちよくしてくださる人。そしてこれからのアナタのご主人様。
でも、ペットの自主性を尊重してくださる方だから、このさきどうするかはアナタ次第なの。隷属を誓えば更なる快楽を、それが嫌なら元の体に、男に戻してくださるはずよ」
アタシ次第で男に戻れる。
思いもよらなかったアヤノの言葉に、渇望感に苛まれて快感を掘り起こし続けていた指の動きが止まった。
男に戻るべきだ。
雑草のようにしぶとく残っていた理性が、ここぞとばかりに声をあげた。
誇りを取り戻せ、そう叫ぶ。
「ただし…どちらを選んでも二度と変えることはできないわよ」
一度きりの決断。
そのとき、揺れ動く思案とともにうつろう視線が、膝立ちになっている少女の鏡像をとらえた。
顔も、髪も、体も、すべてが汗と粘液に汚れて、こちらを凝視する瞳には淫蕩な光がちろちろと燃えている。
発情した牝猫の姿。
しかし、そこからあふれているのは、組織の歯車だった頃のどこか無気力な「俺」とは比べ物にならないほどの「アタシ」という個性を主張する強烈なまでの存在感。
鏡像との視線の交錯は、アタシに自分自身の本当の心を確認させた。
再び下腹部の奥から熱い感覚がにじみでてくる。
アタシはその欲望に突き動かされ、「ご主人様」の膝元へと四つ這いの姿勢をとって進み始めた。
「それでいいのだね。河原崎君?」
アタシはぼんやりとうなづく。
心の中で、何かが完全に音を立てて崩れ去った。
「それでは、これから何をすればいいのかわかっているな?」
返事をするかわりに、再び膝立ちになったアタシはご主人様の一物を自分の巨乳の間にはさんでしごき始める。
…あはっ、これって胸の間に熱い存在感があって、胸を犯されてるみたい…
「マサヒロ、先端を口と舌でして差し上げなくっちゃ」
うん。アタシが男だったときもこれが気持ちよかったもんね。
あ、ご主人様、先汁あふれさせて感じてる。この汁を舌で先っぽにこすりつけると、もっと気持ちいいのよね。
「うっ、うまいもんだ。奉仕に心がこもった細やかさがあって、とても数時間前まで男性体の戦闘用擬人だったとは思えん牝奴隷ぶりだ。これは綾乃を超えた淫乱ぶりだぞ!」
あは、ご主人様がほめてくれた。
アタシのおしゃぶりで感じてくれてるんだ。
アタシもご主人様のオチンチンの凸凹が口の中でこすれて、あたまがぼーっとしてきちゃう…
「ご主人様、そろそろご褒美をあげないと、このコ狂っちゃいますわ」
ソファに座ったままでアタシのおしゃぶりを味わっていたご主人様が、アヤノの言葉にうなづきながら立ち上がった。
チュポンと音を立てて、一心不乱にむしゃぶりついていたアタシの口からオチンチンが抜ける。
それと同時に、アタシの心からも、また、何か大事なものが抜けていく。
「いやぁ、もっとしゃぶるのぉ。ご主人様のオチンチン、もっとしゃぶって、もっとほめられるのぉ。もっときもちよくなるのぉ!」
アヤノの顔が、一瞬悲しそうにゆがんだ。
ご主人様がアタシの目を覗き込んでくる。
あは。ごしゅじんさま、なんかうれしそう。
アタシも、えがおでごしゅじんさまを見つめる。
「ふむ、少女の体に淫女の魂を持った性転換奴隷の完成か。おまえもぐっとくるんじゃないか、綾乃?」
「はい、ご主人様」
返事をしたアヤノの目にうっすらと涙がうかんでいる。
なんでないてるんだろ?
アタシがふしぎにおもっていると、ごしゅじんさまがわらいながらはなしかけてこられた。
「なぁ、河原崎君。オチンチンは好きかね?」
「すきだよぉ。でね、ごしゅじんさまのがいちばんだぁいすき♪」
それをきいてニコニコしているごしゅじんさま。
でも、アタシの目からはいっぱいなみだがでてきた。
あれ、かなしくないのになんでなみだがでるんだろ?
「そうかそうか。いいかね?今日から君は私の第二秘書官として教育を受けてもらうことになる。それにともなって、名前も”綾香”に変えてもらうからね。そうそう、今日以前のことは覚えている必要は無い。分かったね?」
「はぁい、きょうからアタシはアヤカってなまえで、ごしゅじんさまのだいにひしょかんでぇす♪」
ごしゅじんさまがあたらしいなまえをくれた。
アタシ、きょうからアヤノとおなじひしょかんなんだ…
あれ?なみだがとまったよ。
でもアヤカ、まただいじなことをわすれたようなきがする……
「アヤカ、もっとご主人様の好みを覚えて、私以上の秘書官になれるように頑張るのよ」
「はぁい、がんばってりっぱなひしょかんになりまぁす」
それから、ごしゅじんさまとアヤノが、まえとうしろからなんどもなんどもアタシをせめてくれた。
アタシはなんどもふたりのあいだでのぼりつめる。
でも、そのたびにアタシはなにもかも、むかしのことをわすれていった。
アタシが退行していた意識を矯正され、戦技室長殿の正式な秘書官として辞令を受けてから、一年が過ぎようとしていた。
カワラザキ アヤカことアタシは、「第一戦技室長付 第二秘書官」としての調整を受けた娼婦。
淫乱な体でニンゲンに仕え、奴隷としての喜びをむさぼる心と体を与えられたこのアタシが絶頂を感じるときに流す無意識の涙は、塩分を含んだ苦い味がする。
以前にも同じ味の涙を流した。
なんとなくそんな気がする。
昔のことはよく覚えていないけれど。
「人に在らざる者」・・・
完
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