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BIKE LIFE

スズキGSX1300 隼

by.ji




爽やかな風が僕のほほを軽く叩いていく。

良い天気だ。

ドッドッドッドッドッドッドッ

単気筒バイクの音が軽快に鳴っている。

仕事の都合で正月休暇が取れなかった分、会社が長期の春休みを取らせてくれた。
遠距離ツーリングの途中である。
早朝に宿をチェックアウトし、山道をのんびりと流していた。

峠を下った所で両側の山が途切れ、

ぱあっ・・

と風景が開けた。

「うわぁ・・・すげぇ・・・」

なだらかな斜面に一面の菜の花が咲いている。

キキィッ・・・

路肩に愛車SR400(もう10年も乗っています)を止め、
タンクバックに入っているカメラを取り出す。
パシャッ
パシャッ

無心でシャッターを切る。

チュンチュン・・チュン・チュチュ・・・

聞こえるのは鳥の鳴き声だけ。

そこへ・・・

ヴィォォォォォォオオオオオオオ!!!

4気筒ツインカムの大きな音が近づいてきた。
凄まじいスピードで、僕が通ってきた峠道の出口から姿を現した。
GSX1300
別名「隼」と呼ばれるめちゃくちゃ速いバイクだ。


ヴォォォォォオオオオオオ!!!!

弾けた音を上げながら、停車してある僕のSRの隣を駆け抜ける。

ヘルメットから長い黒髪が流れ出ている。
女か・・・大型に乗っているのは珍しいな・・・


一瞬の内に爆音を残し走り去っていった。

こんな自然がいっぱいの所で、そんなに急がなくっても良いのにね・・・

まあ人は人さ。

僕は又カメラを片手に風景を写し始めた。



・・・なんでこんなことになっちまったんだ・・・

このことを考えるのは、もう何十回目だろうか。

学校から帰った俺は、可愛らしいブレザーとブラウスを脱ぎ捨てた。
その下から、少し前まで女子高生だったとは思えないほどのプロポーションの下着姿が現れた。

「くそっ!」

俺は、吐き捨てるように悪態をついた。

こうなる前の俺だったら、涎を出して飛びついていたかもしれないほど魅力的な身体だ。
しかし、この身体では俺のやりたいことは何も出来ないのだ。

ガラリ

大きめのクローゼットを開ける。

どのように着たらよいのか解らない、複雑な形をしたきらびやかな洋服は隅の方に追いやられ
一番手前に掛かっているのは、赤と白のツートンカラーの皮つなぎだった。
まだ新しいのにもかかわらず、膝の部分が擦り切れるほど使い込まれている。

タンスから、薄い長袖シャツとスパッツを取り出し身に着けた。
皮つなぎの中に、身体を滑り込ませる。

ジーーーーー

ジッパーを上げると、皮つなぎがぴったりと身体にフィットした。

「くそっ!」

俺は又、悪態をついた。

胸と尻が不必要なほど魅力的に強調される。男なら誰でも目を離せなくなってしまうだろう。
なるべく目立ちたくないのに・・・

免許証と財布だけを身につけ、音を立てないように部屋を出る。

玄関でバイク用の皮ブーツを下駄箱から取り出し履いたそのとき、

「美香ちゃん!またそんな格好して!!何処行くつもりなの!」

けたたましい声が掛かった。

ちっ・・・見つかっちまったか・・・

「ママ・・・」
「この前もバイクに乗ったまま何日も帰ってこなかったじゃない!あなたあの事故の後ちょっとおかしいわよ!!」

おかしいに決まっている。俺は美香では無いのだから。

黙っていた俺にさらに言葉をぶつける。
「あなた、最近全然出席して無いって昨日先生から電話が・・・」

ガチャッ

無視して俺は玄関のドアを開けた。

「ママ。2・3日したら帰ってくるわ。話しはその後で。じゃあね」
「美香ちゃん!待ちなさい!!」

バンッ!!

叩きつけるようにドアを閉めた。
内側からママの泣き声が聞こえる。

悪いな・・・あんたのせいじゃないのに。でも、俺にもどうしようもないんだよ。

多少の罪悪感と共にガレージへ向かった。

ピッ

スイッチを押しシャッターを開けると俺の「隼」が現れた。
軽やかにまたがった俺は

「くそっ!」

今日3度目の悪態をついた。
足が下に届かないのだ。右足を着くと左足が地面から離れ、左足を着くと右足が地面に届かない。

ふらふらしながらキーを差込み、セルモーターをまわす。

キュルルルルル・・
ドウン・・ボ・・ボ・・ボボ・ボボボボボ

心地よい振動が俺の身体を震わせる。

ブワゥウウウ

アクセルを開け、あても無く飛び出していった。



バイクにのっている時だけが、全てを忘れさせてくれる。

アクセルを吹かし、一般道とは思えないようなスピードで走る。
気違いじみた勢いでブレーキング。

一瞬たりとも気を抜けない。

他の車を右に左に障害物の様に避けて、走る・走る・走る・走る・走る・走る。
膝を擦るほどバイクを倒しこんでハング・オン。交差点を曲がる。


運転のテクニックはあるのだ。
これに全てを賭けていたのだから



半年前
俺はバイクレースに出場していた。

物心ついた頃から、ポケットバイクでレースに出ていた俺にとって、集大成とも言えるレースだった。

親父はバイク販売店を経営しており、息子をレーサーにするのが夢だった。

しかし
プライベートでレースに出続けるのも、資金面での限界があった。
親父と俺は必死になってスポンサーを探したが、ただの町のバイク屋に資金を出してくれる物好きな企業は無かった。

大きなクラブはいともあっさり、金の力で高性能のバイクを持ち込んでくる。
技量では劣っている奴に、ストレートで抜き去られる。

歯がゆい思いをしていた俺たちの所に、思わぬ話が舞い込んできた。
今まで市販車改造しかやっていなかったメーカーが、レース用の改造も手がける事になり、
名前を売るために、宣伝してくれる(早い)チームを探していると言うのだ。

俺達はこの話に飛びついた。
そして、話は進み
このレースに勝つ事が出来れば、大手のチェーンナップメーカーが今後バックアップしてくれるという事になった。

レース前俺と親父は、今までやってきた全ての技術を注ぎ込み、借金までして一台のレース用バイクを仕上げた。



30周のスプリントレースは始まった。

スタートでかなり好位置につけた俺は、10周目が終わる頃にはトップに立っていた。

全ては順調だった。

26周を走りきった時点で2位に一分近くの差をつけ、俺は勝利を確信していた。
ゴールした時、右手を上げるポーズまで考えていたのだ。


しかし
その時それは起こった。

周回遅れのライダーが、運転を誤り俺に衝突した。

逃げ場は無かった。
全身全霊を傾けて作り上げたバイクと共に、俺はコース外に叩きつけられ意識を失った。

そして
俺の乗っていたバイクは激しく壊れ、タイヤが跳ね飛んだ。
タイヤは、一人の水着を着たレースクイーンを直撃した。

それがこの美香って言う女だ。

俺とこの女は、救急車で病院に運ばれた。
二人とも意識不明の重態だった。



一週間後目を覚ますと、部屋には知らない人達しかいなかった。

「美香ッ目が覚めたのね!」
「大丈夫か?心配したぞ!」
「良かった・・・」

知らないおばさんが・おじさんが、見たこともない友達が自分の事を「美香」と呼びつづける。
わけが分からなかった。

自分の姿を見下ろすと・・・女の身体・・・


俺は医者と、自分の事を「娘」と呼ぶ中年の男と女に必死になって説明した。

俺は美香ではない。向山健児という男なのだ・・と

いくら言葉を費やしても、誰にもわかってもらえない。

あまりにも変な事を言うということで、精神病院に入れられそうになった。
その時点で、やっと俺は理解してもらう事を諦めた。

2・3日黙っていると
「事故のため、一時的に錯乱していたのでしょう」
と言う結論に、いつの間にか落ち着いていた。

向山健児の身体は、入院3日後に死んだそうだ。
俺は自分の葬式も知らないまま、眠りこけていたのだ。



二ヶ月後、もうすぐ退院出来ると医者から告げられた俺は、
こっそり病院を抜け出して、親父のバイク店に行った。

開店している。
二ヶ月しか離れていなかったのに、懐かしく感じる。

俺はどきどきしながら店の入り口をくぐった。

ガラリ

店内には誰もいない。

ほのかに線香の香りが漂っている。

そして・・・
「いらっしゃい・・・なにか御用ですか?」

力の無い声と共に、奥の事務所から親父が出てきた。

「親父・・・」

精力的だったはずの親父が、酷く老け込んでしまっていた。
こんなに白髪が多かっただろうか。

「親父ッ、俺だよ!健児だよッ!!」
「はぁ?何を言ってるんだい?」
「俺が健児なんだってば!!帰ってきたんだよ!」
「あはは・・・バカな事を言っちゃいけないよ。お嬢さん。健児は・・・死んだんだ・・」
「なんでだか解らないんだけど、こんな身体をしているんだけど、俺が健児なんだってば!」
「ああ・・わかった。健児の友達がからかいに来たんだな。まったくアイツもしょうの無い友達ばかり作ったもんだ」

病院で医者に話したときと同じだ。まったく相手にしてもらえない。

「違うって!!健児なんだってば!!」
「もういいよ・・・悪いけど冗談もいい加減にしてくれないかな・・・」
「冗談じゃ無いって!!」
「息子が死んで落ち込んでいる親父を見て、笑いに来たのか?帰ってくれよ・・」
「あの・・俺を・・」
「帰れ!!」

ドンッ!!

軽くだが、突き飛ばされた。
よろよろと後ろに後ずさって、入り口から出た。

ビシャッ!!
カチャカチャカチャ

店の入り口を閉められ。鍵を掛けられた。


親父は愛する息子を失い
俺は本当の家族を失った。


しばらく立ち尽くしていたが、他に行く当てが有る訳でもない。
抜け出してきた病院に、とぼとぼと帰るしかなかった。



三ヵ月後

退院して自宅療養がしばらく続いた後、学校へ行くようになった。

くだらない芸能人や食べ物の話ししかしない女友達と気が合うはずも無く、一言も口をきかない日が続いた。
最初は心配して近寄ってきたこの女の友達も、次第に話し掛けてこなくなった。

この「美香」と呼ばれる女は、かなりスタイルがよい。
高校生の頃から年齢を偽ってレースクイーンをやったり、モデルをやったりして稼いでいたらしい。

その上、親父が一流企業の重役であり小遣いが毎月20万貰えた。

自室の机の中を探ると、預金通帳が見つかった。
残高が500万以上あった。

ある日俺は、通帳と印鑑を持って銀行に行き、200万円引き出した。
そして、「隼」を即金で購入した。

パーツショップに行き、ヘルメットと皮つなぎも手に入れた。
そして・・・
毎日あても無く走りまわっていたのだ。


小さい頃からバイクに掛けてきた俺にとって、すがる物はこれしかなかった。
バイクに助けを求めていたのだろう。



暗い夜道を当ても無く北へ向かって走りつづけた俺は、夜が明ける頃ひとつの峠道に差し掛かった

コーナーを攻める感覚が、レース場の雰囲気を思い出させてくれる。

すばやい体重移動で、連続コーナーを走りぬける。

名も知らぬその峠道を、俺は何十回と往復し続けた。

いつしか太陽が昇り、明るくなっていた。
ふと、空腹を感じた。
昨日の昼食から後、何も食べてないのだ。

そういえば、ガソリンもほとんど無い。
俺も隼もはらぺこだ。
ふもとまで降りれば、もう食堂も開いているかもしれない。

峠を下った所で両側の山が途切れ、ぱあっと道が開ける。

そこは一面の菜の花畑だった。

「おっと」

路肩にバイクが一台とまっていたのに気がつき、ひょいと避ける。

SR400

ヤマハSR400

うちの店でも取り扱っていたが、非常なロングセラーでありファンが絶えない。
単気筒でシンプルなバイクだ。

スピードは出ないし振動も激しいが、これぞバイクって感じかな?

ライダーはいない。
たちション(失礼)でもしているのだろう。

そのまま脇を走り抜けた。



10分ほど走ると、小さな食堂が入り口にのれんを出しているところだった。
ゆっくりと駐車場に停車する。

「おばチャン。食事大丈夫?」
「ああ、いいよ。どうぞどうぞ」

中に入りラーメンとカレーライスを注文した。
可愛い女の子が食うには相応しくないのかもしれないが、俺は凄い勢いでがつがつと食事をはじめた。

・・・く・・食いきれん・・・

半分も食べないうちに俺の胃袋は満腹になってしまった。

「ごちそうさま。・・こんなに残しちゃって・・ごめんなさい・・」
「あはは。いいよいいよ、気にしないでおくれ」

おばちゃんが笑顔で言ってくれた。少しほっとして食堂をでる。

バイクの隣に行き、ヘルメットを身に着けていた時
サイドスタンドが、きちんと止まっていなかったのであろう。
「隼」が俺の方に倒れた。
慌てて支えようとしたが、貧弱な女の力では大型バイクを立て直す事は出来なかった。

ドサッ
足に激痛が走る。

「・!・!・・!!・!!!」

あまりの痛さに声を出す事も出来ない。
左足が地面とバイクの間に挟まってしまった。

そこへ

ドッドッドッドッドッドウン
キキッ

さっき見かけたSR400が、すぐそばに止まった。

「大丈夫ですか!」
「た・・たすけ・・・」
「よいしょ・・っとぉ!」
一人の男がバイクを持ち上げてくれた。

たすかったぁ・・・
物音を聞いた食堂のおばちゃんが出てきてくれた。
「大丈夫かい?」
俺はブーツの上から足の状態を確かめる。
「っうっ!!」
折れてはいないようだが・・・捻挫か、ひびでも入っているかもしれない。

「病院に行ったほうがいいね。この先少し行った所に整形外科があるから、そこへ・・」
「だ・・大丈夫で・・痛っ・・」
「ほらほら。無理しちゃダメだよ。だけど困ったねえ。今日はアタシの旦那が朝から出かけちゃってて誰も居ないんだよ」

その時バイクを起こしてくれた男が
「よし!!じゃあ僕の後ろに乗ってください」
「えっ?でも知らない人に・・・ご迷惑じゃあ・・」
「困った時はお互い様ですから。僕も急ぎの用がある訳ではないので」

男がSRのタンデムシート(後部座席)から積んである荷物を降ろす。
「じゃあ、この子のバイクとあんたの荷物はうちで預かっておくからね」
「有り難う御座います。さっ、後に乗ってください」

ドルン・・・ド・ド・ドド・ドドドド

SRのエンジンがかかり、男がまたがった。
俺はおばちゃんの手を借りながら、何とかシートに横向きに腰掛けた。

「しっかり捕まってて下さいよ!」
俺が・・男の腰にしがみつくのか・・・

多少の屈辱感があったものの、男の腰に両腕を回す。

俺よりも広くて大きい背中に顔をつけると、
あ・・これって・・・小さい頃親父の後ろに乗っていた時みたい・・・
どっしりとした安心感があった。



ドッドッドッドッドッ

男は丁寧な運転で程無く病院に着いた。
後ろを振り向き声をかける。

「降りれますか?」

恐る恐る地面に左足を着けるが
ズキィイイン
「くっ・・」
痛みで思わず声が出た

「無理みたいですね。それじゃあ・・・」

男は俺に足がぶつからないように、ひざを曲げながらバイクから降りた。
センタースタンドを俺が乗ったままの状態で軽々と止める。
そして・・・

「よっこらしょ!」

げげっ!!

「やだっ!ち・・ちょっと!・ちょっとまって!!」

俺は彼の腕の中に「お姫様だっこ」されてしまっていた。
「入り口までですから。少し我慢してくださいね」

俺の顔は、足の痛みと羞恥心で「茹でたこ」の様に真っ赤になっていたに違いない。



診察が終了
かなり酷い捻挫であった。
2〜3日入院が必要だ。

しょうがない。
俺は家に電話をかけた。
黙っていたら捜索願でも出されかねない。

直ぐに「こちらへ駆けつけ連れて帰る」と大騒ぎしたママとパパ。
何とか説き伏せ、自分で退院してから帰るということを了承してもらった。


長時間の電話交渉に疲れきった俺は、
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・」
大きなため息をつき受話器を戻す。

松葉杖をつきながら病室に戻ると、SRの彼がベッドの横に座っていた。


「やあ。痛みはどう?」
「大丈夫です」
「あなたの「隼」をさっきの食堂からこの病院の駐車場に運んでありますよ」
「あ・・色々とお世話になり、すいません」

それから俺達はあらためて自己紹介をした。

SRに乗っていた彼は、「佐々木光太郎」
都内のバイクメーカーで整備の仕事をやっているそうだ。

俺(この身体)は、木村美香
有名私立女子短大に通う1年生。

俺達は、お互いにバイクという共通の話題があり、ひどく話が盛り上がった。

「・・・・ってバイクを改造していたときにさぁ・・・」
「そうそうそう・・あの車種はそこがダメなんだよね」

俺達は大笑いをしすぎて
看護婦に

「もう少し静かにして下さい」

と怒られてしまっていた。

笑ったのなんて何ヶ月ぶりだろう・・・
俺は、佐々木ともっともっといつまでも話していたかった。


夕方になって、夕食と共に面会時間の終了が告げられる。

「あの・・この後どうするんですか?」
「そうですね。ちょっと戻った所にキャンプ場があったから今晩はそこへ泊まろうかな」
「あしたは?」
「別に予定は無いんです。来週の月曜日まで休暇ですから、2〜3日この辺りを気ままにツーリングしてようと思ってます」
「あ・あの・・その・・明日も・・・」
「うん。お見舞いに来ますね。」
「ほ・・ほんとに?」
「あなたみたいにバイクの事よく知っている女の子は初めてですよ。今日は大変だったけど楽しかったですね」



次の日
俺は、また佐々木とバイクの話が出来ると、ずっと浮かれ気分でいたのだが、
昼ごろ来ると言っていたのに、2時過ぎても現れなかった。

どうしたんだろう・・・まさか事故でもあったんじゃぁ・・

なぜか胸が息苦しくなった。

午後3時を過ぎた頃
やっと佐々木の姿が現れた。

「やあ、こんにちは。具合はどう?」
「どう?じゃないよぉ。お昼過ぎには来るって言ってたのに」
「ごめんごめん。ちょっと足を伸ばして海のほうまで行って来たから」

俺はぷう〜っとふくれて見せた。

「それから、これ今回のツーリングで僕が取った写真なんだけど、今日現像が出来るって言うから取りに行ってたんだ」
「へえー。見せて見せて」

風景の写真がほとんどだった。

夕暮れの中のキャンプ場、影だけ浮かび上がるテントとバイク。ちらほらといくつかの焚き火。
朝もやの中、湖のほとり。木々の葉に付いた露。
山の頂上付近の休憩所、そこで知り合ったバイク乗りの笑顔。
一面の菜の花畑の中に寝転ぶ佐々木。
抜けるような青空、誰もいない海。

・・・・・・

俺にとってバイクとは他人と競争するため、戦う為の道具だった。
速く走ることだけがすべてだった。
風景なんて見たことも無かった。

こういう乗り方も、あるんだなぁ・・・

無言でいつまでも写真を見つめている俺を、佐々木は不思議そうに眺めていた。


次の日退院できることになり、彼は俺の運転が心配なので一緒に帰ってくれると約束してくれた。
なぜか妙に嬉しかった。
バイクにまたがる。少し足が痛むものの、乗れない事は無い。

俺達は一路東京へと旅だったのであった。






「いつまでも、だらだらしてらんねえや」
バイク屋の親父が、そう思い立ったのは、息子が事故で死んでから二年ほどたった時であった。
真っ白い紙に油性マジックで太く、

”バイクに興味のある人募集!!”
”給料は応相談。技術を身につけましょう!”
”住込みも可!”

と書き、店の前に張り出した。

一週間ほど過ぎた頃、一人の男が
「ぜひこちらのお店で働きたいんですけど」
と、応募してきた。

「お名前は?」
「佐々木と申します」

親父は、差し出された履歴書を見て首をかしげた。

「大手メーカーに勤めてらっしゃったんですね。資格も持ってらっしゃるし、うちなんかよりもよそに行ったほうがいいんじゃないですか?それに、そんなに多くの給料は払えませんよ」
「はい・・・僕が応募したのは給料が目的ではないんです。」
「は?」
「実は昨年結婚しまして、妻が身重なんですが・・・住込みさせていただけないでしょうか」
「あ・・ああ。はい。うちは昔からいた社員の部屋が余っていますので、それは構いませんが」
「それと、もうひとつ・・・」
「はぁ・・・」
「僕と一緒にバイクレースをやってみませんか?」
「!!!」
「先日まであなたと息子さんが築いてきた経験と技術を物を埋もれさせてしまうのは、非常にもったいない」
「いや・・俺はもう、レースは・・」
「息子さんを亡くされたのは知っています。レースに関わりたくないと言う気持ちは当然でしょう」
「・・それを知っていて、なぜ?」
「あなたを良く知っている人から頼まれたのです。あなたはまだレースが好きなはずだ・・・と」
「・・それを言ったのは・・・誰なんですか?」

佐々木はポケットから一通の手紙を出した。

親父に手渡す。

拝啓 親父殿
この手紙が渡らないことを願っていますが、
これを読んでいるということは、俺に何かがあったということですね。

くだらない事をしたと思いますが
明日のレースは俺のすべてを賭けようと思っていますので、この文章を残します。

明日は、多少のトラブルがあっても止まりません。
少しでも隙間があれば、飛び込んで抜きます。
事故る確立は高くなってしまうと思いますが・・・

そして
もし俺が、後遺症の残る怪我を負ったり、
死ぬことがあっても
レースは続けてください。

親父と俺のやってきたことは、間違っていなかったと思います。
すべてを賭けることが出来たから悔いはありません。
楽しかったよ!


あと、この手紙を届けてくれた佐々木は、バイクの整備に関しては一流の技術を持っています。
一緒にすばらしいバイクを作り上げてください。

20**年5月25日     
向山健児


「間違いなくあいつの書いた字だ・・・あなたみたいなお知り合いがいたとは・・・」
「レースが無事に終わったら破いてくれと言われていた手紙ですが、もし何かあったら気持ちが落ち着いた頃に届けてくれと頼まれていました」
「そうですか・・・」

ガラリ

そのとき
入り口を開けて一人の女性が入ってきた。

「美香。外で待ってろって言っただろ」
「えへへ・・・なんだか心配になっちゃって」

テーブルの上にある、自分が3日も悩んで書いた手紙をちらりと見た。

「初めまして。佐々木の妻です」
親父はなんとなく見覚えのあるような気がしたが、1年以上も前に一度来たきりの顔をしっかりと記憶しているわけではなかった。

「初めまして」
「美香と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ。もうすぐお子様が生まれるそうで」

美香の大きく膨らんだおなかを見た。

後ろからおふくろが声をかける。
「あんた・・・いいじゃないか。健児がいなくなってからこの家も寂しくなっちゃっているんだから。子供がいたらにぎやかであたしも嬉しいよ」
「そうか・・そうだな・・・よし。住み込みで働いてもらおう」
「ありがとうございます!!」




半年した頃、
赤ん坊を囲み
本当の親子のように優しく語らうバイク店一家を見かけることとなる。

そして、
親父の経験
佐々木の知識・技術
美香(健児)の運転センスが組み合わさりチームが出来上がった。
また、美香の父親のつてで、今までバイクのレースに見向きもしなかった大手企業のスポンサーが集まった。




さらに半年後
子持ちで美人の女性ライダーが日本GPを優勝し
GPシーンを驚愕させることになるとは
まだ誰も知らない。





















おしまい









はじめまして ji と申します。

この話、エッチも萌えもありませんが、読んで頂ければ幸いです。

東京に帰った後、本当は結婚するまでの経緯を長々と書いていたのですが、
ただのラブストーリーになってしまったので、ばっさりとカットしました。
長編書ける人尊敬します〜


また書きますね

ではでは

本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等は、すべて架空のものです
・本作品についての、あらゆる著作権は、すべて作者が有するものとします。
・よって、本作品を無断で転載、公開することは御遠慮願います。







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