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俺は、高志が来るのを待っていた。目の前には、薄い緑色をした液体の入ったコップがある。
昨日のことだ。
うちの高校が毎年行っている登山に俺達は、嫌々ながらも参加していた。その時、近道をしようと脇道へ入った時に見つけたのだ。
洞窟の中に泉があって、その水が岩をくり抜いた器のようなところへ溜まっている。しかもそれが二つあった。そして、壁には漢字ばかりの文章が書いてあった。
「不老長寿の泉かなぁ」
「そんなのあるわけねぇじゃん。えーなになに」
俺は漢文ができる訳ではないけど、漢字を見りゃ少しぐらい意味が分かるだろうと読んでみる。
「緑の泉、飲む、名と姿、強く念じる、姿等、変化。再度、飲む、元に戻る」
「へぇ、これ飲めば変身出来るんだ」
高志が、突飛な解釈をした。
確かに俺が読んだ言葉をつなげると、そうとれなくもない。
「この辺は、量の説明かな。それから、黒の泉、飲む、死ぬ」
「毒! 罠なのかな?」
確かに、黒の泉が手前にある。なにも知らずに手前から飲めば死んでしまうだろう。そうやってここの秘密を守ってきたのかも知れない。
「憲司、早速飲んでみようよ。何になろうかな。やっぱりスーパーマンか、ウルトラマンでもいいかな、宇宙へ行けるから」
「馬鹿かお前。こんなの嘘に決まってるじゃん。なれるわけないよ。それに、どれだけの量を飲めば良いのか分からないし」
「じゃあ、この文章をちゃんと解読してから飲めばいいじゃん」
言うなり、高志はその文章をデジカメで撮影する。
「肝心の水の方はどうするんだ?」
「憲司の水筒」
確かにこれに入れれば持って帰れる。高志は水筒を持ってないから、俺は仕方なく水筒の中身を捨てると、緑の泉の水を汲んだ。
その水が、今俺の目の前にある。
漢文の翻訳は、今日学校の図書館で辞書を引きながら二人でやった。当然、二人だけの秘密にするため誰にも話してない。
それで、その水の正体は、やはり変身の秘薬とでもいうべきものだった。しかも身体だけでなく、記憶や心までも、そう念じれば写し取ることができるらしい。ただその時のその姿を写し取ることしか出来ず、現実に存在しない者や、すでに死んでしまった者とかには変身出来ない。だから高志が思うように、スーパーマンにはなれないようだ。
だったら、カッコ良いアイドルに変身して、街でナンパのやり放題しかない。俺はそう考えていた。
それにしても、高志は遅い。あいつが来る前に一人で飲んでもいいが、もし毒だったら嫌だから、まずは高志に毒味をさせるのだ。
キンコーン、とチャイムがなる。
ようやく来たようだ。
玄関前に立つ高志は、汗だくで息を切らせていた。
「どうしたんだよ」
「いや、家を出ようとしたら、自転車がパンクしてたから、走って来たんだ」
あいつの家から俺の家までは自転車なしでは、結構な距離だ。それを走ってくるとは、かなりな執念だ。
俺は窓のカーテンを引いた。変身するところを誰かに見られたら大変だ。
「今日は夜まで誰もいないから安心だぜ」
「もう、誰になるか決めた?」
「カッコ良いアイドルになってやりたい放題よ」
「そうか、そういう手もあるのか」
感心している高志はというと、
「おなじクラスの恵利子」
理由を聞くと、
「前から告白しようと思ってるんだけど、断られたら嫌だし。それなら、心まで変身したら、俺のことを恵利子がどう思ってるか分かるだろう?」
俺より大きい図体の割には考えることが小さい。
「そら、だめだ。恵利子は頭も良いしけっこうかわいいし、お前とはつりあわん。ていうかそれ以前に、あいつには告白してもムダだ。時々好きな奴は? って話になっても、ぜんぜん乗ってくれんから。あいつの恋人は、参考書だぜ、きっと」
「そんなの、恥ずかしがってるからかもしれないじゃないか。もしかすると、打ち明けられない恋に悩んでるのかもしれないよ。いや、きっとそうだ」
「あぁ、言ってろ、言ってろ」
しかし、女になってみるのも良いかもしれないと、ふと思った。
それで、もう一度考えることにした。高志の決意はたぶん変わらないだろう。
そうすると、高志は好きな女の子になって、自分の身体でやりたい放題か。
それに対して、俺はアイドルになって出かける。かわいい女の子が必ず見つかるとは限らない。場合によっては騒ぎになって、家へ帰れなくなるかもしれない。
ん〜、試すなら、やっぱり女の身体からか・・・
だが、俺達はそのとき、とんでもないことになるとは、思ってもなかった。
「さあ、飲むぞ!」
高志の五回目の言葉だ。
ジャンケンの結果高志から飲むことに決まったが、コップを手にしたものの、ビビッてしまって飲めないでいるのだ。
「次が最後だぞ!」
俺はもう待ちきれず、釘をさす。
そうすると、今度は“次”をなかなかやらない。
じーっと、コップを持って固まっている。
「あぁ、じれったい。俺からやる。貸せ!」
俺は、高志からコップを奪い取る。
が、いざコップを持つと、飲もうという勇気が萎えてしまう。
しかし、コップを奪い取った手前、ビビッた素振りを見せるなんて、恥ずかしいまねは出来ない。
俺はもう一度、何になると念じるのか頭の中で整理する。
そして、コップに口を付け、一気に飲み込んだ。
「う゛、まじぃ〜」
と、呻かずにいられないこのまずさ。薬だといってもこれはひどすぎる。
「それより、早く念じないと」
高志が急かす。
お前に言われなくたって、分かってるよ。
「体だけ、同じクラスの香織になれ」
と念じた。
二人とも息を殺し、体の変化を待つ。
数秒の時間が流れる。
「なったか?」
俺の問い掛けに、高志が首を振る。
「なんだ、うそっぱちか! ま、そんな非科学的な・・・」
俺は、言いかけた言葉を続けられなくなった。
異様に身体が熱い。
「ああっ!」
高志はそう叫んで、俺を指さしている。
「どうした?」
「憲司。その身体・・・。身体が・・・」
恐怖に脅えるように声が震えている。
「身体が?」
俺は、自分の手を見る。
「うわぁ!」
叫ばずにはいられなかった。
なぜなら、その手はドロドロと融けたように波打っていたからだ。
俺自身は見えていないが、顔や全身が同じく波打っているのが感覚で分かる。
どうしていいのか分からず、結局なにも出来ないまま、1分近くの時間が過ぎた。
ドロドロに融けていた俺の身体が、徐々に再び形を成そうとし始めた。
そして、
「“香織”だ・・・」
高志が呟いた。
「成功だよ、憲司!」
今度は歓喜の声をあげる。
俺には肌の見えるところは手しかないが、それは無骨な男の手ではなく、女の子の柔らかい手になっている。そして、だぶつく服からして背丈とか体のサイズも縮んでるようだ。しかし、胸のサイズだけは大きくなっている。
「すげー!」
と思わず発した声は、香織の声だ。
そうだ! と思い付き俺は鏡の前に走る。
服装は元の俺の物だが、そこに映る顔は、完璧、香織だった。
俺は嬉しくなって、いろいろしようかと思ったが、その前に高志だ。あいつをまず女にしないと、襲われかねない。
高志のところへ戻ると、液体の入ったコップを握り締めて、固まっていた。
「まだダメなの?」
俺が香織の声で言う。
「今度こそ!」
「手伝ってあげようか?」
「一人で飲めるよ!」
女の子にバカにされたかのように怒って言うと、高志はコップに口を付ける。付けたままで約10秒。
それから、目を閉じると一気にその緑の液体を飲み干した。
「う゛、まずい」
と決まり文句の後、
「身も心も、全部恵利子になれ!」
高志が言った。
同じく数秒間、固唾を呑む。
「あっ」
と高志の口から言葉がもれる。
その直後、高志の身体が融けてしまうのかと思った。
身体の表面が、液体のように波打っている。もう、元の姿が高志だったとは分からない。
徐々に輪郭がはっきりとし始め、そして、『恵利子』が現れた。
高志のぶかぶかの服を着た『恵利子』はいつもより小さく見えて、きゃわいい。
「あ! あれ? あたしどうしたの?」
「高志、成功だ!」
『恵利子』の姿をした高志は、俺の言葉にきょとんとしている。
「どうしたんだ? 高志」
「何言ってるの? あたし、高志君じゃないわよ。部屋で本読んでたのに、気が付いたら突然ここへ来ちゃって・・・ あたし、あれ? ねぇどういうこと、これ? それに香織どうしたのその格好? ねぇ何?」
高志がこんな芝居をするはずはない。とすれば、やはり・・・
「お前、高志・・・じゃなくなったのか?」
「何言ってるの? あたしは恵利子よ」
そのとき俺は思い出した。高志が言った言葉、『身も心も全部恵利子になれ』
全部が『恵利子』になってしまったのでは、それは高志ではなくもう『恵利子』そのものだ。
混乱している恵利子に俺は全てを話した。
「じゃあ、高志君はどうなってしまったの?」
「お前がもう一度、あの薬を飲んで『高志になれ』と念じれば元に戻るんじゃないかな。たぶん」
「たぶんて、無責任な。もし戻らなかったら、どうするのよ!」
「なれたんだから、戻るに決まってるだろ」
「じゃぁ、たぶんなんて言わないでよ。ところで、どうしてあたし、こんなにびしょびしょなの?」
恵利子が着ている服をつまんで言う。
俺は高志が走ってきて汗をびっしょりとかいたことを伝える。
「それじゃ、これ高志君の汗なの?」
って言ったが、特に気持ち悪いという言い方ではない。
「そのままじゃ、風邪ひくかな。今着替えを持って来てやるよ」
言って、俺は自分の部屋に行くと恵利子の身体のサイズでも着られそうな服を選ぶ。
そして戻ってくると、恵利子が汗の匂いを嗅いで、
「これが、高志君の汗の匂い・・・」
と悦に浸っている。
「な、何やってるの・・・」
「イヤッ!」
俺の声に驚いて、恵利子が悲鳴をあげて恥ずかしがる。
「お前、変態だったのか?」
「違うわよ!」
恵利子は、思いきり否定する。
「じゃぁ、何だって言うんだよ」
「言える分けないじゃない」
吃りながら言う。
その仕草とかで、俺はひょっとして、という考えを持った。
「まあ、いいか。今度この薬で記憶だけお前になればわかるもんな」
「ずるいーッ!」
「高志にも教えてやろうっと」
「やーっ! 高志君にだけは言わないで!」
慌てぶりは尋常でない。俺の予想は当たってるようだ。
「理由を教えてくれたら、口止めされてもいいよ。今は俺、じゃなくて、あたしはあなたの友達の香織だから、話し安いでしょ」
言ってからぎこちないながらもウィンクを付け足す。我ながらいい芝居をしていると思う。
男の時にこんなことしたら気持ち悪くて仕方ないけど、今は癖になりそうだ。
恵利子は、それでもしばらく悩んでいる。
「ほんとに、ほんとに言わない?」
「うん、言わないって」
不安そうに念を押す恵利子に、可愛い笑顔を作って答える俺。
「絶対、言わないでね・・・ あたしは、あたしは・・・」
「“高志君が、だーいスキ”なんでしょ!」
じれったいので、先回りして言ってやる。
「えー、どうして知ってるのぉ」
「そんなの、今の態度見てたら分かるって」
「でも、でも、約束守ってよ。言わないって言ったから」
「心配しないで。汗の匂い嗅いでたのは内緒にしとくから」
「スキだっていうのも言っちゃダメ!」
「それは、ムダ」
「どうして?」
「なぜかっていうと、高志が恵利子になろうとしたのは、自分に対する気持ちを知りたかったから。だから」
俺の言ったことを、理解しながらもそのことに確信を持てずに恵利子は呆然としている。
だから、俺はもっとはっきり言ってやる。
「つ・ま・り、高志は恵利子に告白した時フラレないか心配だったの。だから言わなければもう一回なるだけよ」
「それって、それって、高志君もあたしのこと好きっていうことなの? そんな、うれしい。どうしよう」
恵利子は真っ赤になっている。
「だから、スキだって言うのを伝えればそれだけで済むんだって。そうしなきゃ、もう一度、高志が失敗せずに恵利子になって、恥ずかしいところまで全部知っちゃうんだから」
「そんなのやだぁ」
と言いながらも、恵利子は全部知られるよりましと、納得したのだった。
けど、こいつの恥ずかしいことってなんだろ。今度、恵利子になってみようかな。
「ところで、さっきから女言葉使ってない?」
「アハハハ、クセになっちゃった」
「これ飲めるの?」
緑色の液体を見て、恵利子が言った。顔がひきつっている。
「味はともかく、実際飲んでこうなったんだから、大丈夫だよ」
「本当に?」
俺はどうも信頼がないらしい。
「じゃあ、お前もこれ読んで確かめろよ」
壁に書いてあった漢文を恵利子に見せる。
恵利子は辞書を片手に、すらすらと読み下していく。
「たいへん。ちょっとぉ、これちゃんと読んだの?」
恵利子が慌てた声を出す。
「なんだよ」
「黒の泉を先に飲まないと戻れないって書いてあるわよ!」
「うそ! 黒の泉を飲むと死ぬんじゃないの?」
「違う。黒の泉を飲まなければ、死ぬまで元に戻れないって書いてあるの。緑の泉は、その時存在するものしか写し取れないでしょ。だから今あたしが、高志君に戻ろうとしても今は高志君がいないから緑の泉では戻れないのよ。そのために黒の泉で、元の姿とかを記憶する必要があるの」
「つまり戻れないって言うのか?」
「緑の泉ではね。でもちょっと待って・・・」
恵利子は続きを読む。
「大丈夫。黒の泉は緑の泉を飲んでから6時間後くらいまでに飲めば、身体の中に残ってる元の身体の情報をかき集めて、復元できるみたい」
「あの洞窟までは4時間あればいけるかな? けど、急がないと」
「そうね。すぐに行きましょう。けど、そのカッコはやめといた方がいいわよ」
恵利子が指摘したのは、俺が着ている薄手のシャツだった。
ブラジャーなんて当然、下にシャツもなにも着けてないから、胸の形がまる分かりだったのだ。
「おお!」
今そのことに気付いて、思わず興奮して、恵利子の前ということを忘れて、自分についてるその豊かな胸を揉んでいた。
「エッチ!」
恵利子のビンタがやわらかい俺のほっぺたにヒットした。
いたいよ〜(T_T)
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