こんにちは、初めまして。私は真城華代と申します。
最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを解決してご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。
さて、今回のお客様は……。
年々航空業界からの価格競争にさらされているとはいえ、東海道・山陽新幹線は依然本州の大動脈としての機能を保っている。ましてやお盆・正月のUターンラッシュともなれば、乗車率は二百パーセント前後に達するのである。
「ハワイ旅行……。なぜそれなのに、俺たちはこの混雑に巻きこまれているのだろう」
今年の正月は優雅にハワイで過ごしたはずの佐藤家一家三人であったが、国際空港から地元までの交通の便に新幹線を使ったのが運のつきであった。満員の新幹線の車内で、佐藤は久しぶりの日本を故郷だと感じる余裕もなかった。
「ママぁ、暑い」
幼稚園児の息子に何回も訴えられて
「ちょっとはがまんしなさい!」
などと無理を言う妻。ふてくされて自分の胸にもたれかかり、オレンジジュースを飲んでいる息子。バカンス気分はうたかたのように消え、残るは疲れのみだと佐藤は思った。まあ席をふたつ取れただけでも良しとしなければ。
しかしこの危うい平衡状態は、息子のぐずる声で打ち破られることとなった。
「ママ、おしっこ」
見ると、息子がもぞもぞしている。
「ジュースばっかりそんなに飲んでるからでしょ!」
妻が短く叱りつけて立ち上がった。息子を佐藤から受け取り、抱え上げる。通路に近かった彼女が、息子をトイレに連れて行こうというのだ。
しかし車内を見た時点で、これが非常に困難だと分かった。通路には、横幅に人が二人、場合によっては三人並んで、袖を擦り合わぬばかりに立ち塞がっているのだ。子供を連れてこの人ごみをかき分けていくのだと思っただけで、彼はめまいがした。
妻のほうは、ここで弱音を吐く女ではなかった。佐藤の顔をちらっと見て決意を固めたらしい彼女は、まずは目の前の小学生の少女を押しのけようとした。
長旅で疲れているのだろうか、よそ行きの白いワンピースを着た丸顔の少女は、佐藤の妻のひじが背中にぶつかってもしばらくうつろな目をしていた。
「おじょうちゃん、ちょっとごめんね」
焦った妻にそう呼びかけられてはじめて、彼女は反応した。
「はい? はいはーい、ここを通るんですね。どうぞ!」
彼女は大きな白いかばんを両手で持ち上げて、端へ避けようとした。隣りに立つおじさんにあっさり弾き返されて、少女はふらついた。
「ん、もうっ」
今度は逆側の隙間に入りこもうとする。でもそこにはすでに、彼女よりさらに小さい子供が座りこんでいた。少女は肩を落とした。
「うわー。だめですぅ」
「あ、あ、おじょうちゃん、もういいから」
妻が手で制した。息子を抱え上げ、まずは少女と立っている場所を入れ替わった。
「こうやってひとりずついくから、ね?」
「もう出ちゃうよお」
息子の声は、時限爆弾の針の音のようだった。白い少女が身震いした。
「間に合わなかったらどうしよう」
それを聞いて、席の佐藤は苦笑いした。
「あはは。お嬢ちゃん、心配してくれてありがとう」
少女は笑い事ではないと言わんばかりに、佐藤をとがめる目つきをした。
「ねえ、おじちゃん! 取り急ぎお仕事の話しちゃうんだけど」
少女がポケットから名刺を取り出した。
「あなたのこころのなやみ おひきうけいたします
真城 華代」
「ましろ、かよちゃん?」
「そうなの」
華代ちゃんはかばんを持っていないほうの腕をぶんぶん振り回した。
「とにかく! 早くしないと、大変でしょ!」
「そうだな」
「じゃ、やっちゃうからね。そぉれっ!」
彼女は両手を掲げた。
車両の最後尾。扉にもたれかかって本を読んでいた学生が、ぶるっと身を震わせた。
「な、なんだ?」
とつぜん学生の服の胸が、むくむくと膨らみだした!
「わあっ!」
白いシャツは襟の形が変わっただけだったが、下着は膨らみを包むように変形し、ぴっぴっとワイヤーを走らせると肌色のブラジャーとなった。首には紺のネクタイを締め、上にベストを羽織る。髪は上品にまとめられ、丸い帽子をかぶった。擦り切れたジーンズは紺色の布地となって、左右に揺れるお尻を包みこんだ。
彼の鞄は大きさまで変わり、下にキャスターの付いた商品カートに変化した。女になった青年の口唇から、自然に台詞がついて出る。
「ジュース、コーヒー、サンドイッチはいかがでしょうか?」
その隣に立っていたおじさんは、カートに押しのけられそうになりあわてて身を避けた。しかし、彼の身体もおなじく変形をはじめたのだった。おじさんは、うって変わった黄色い声でつぶやきはじめる。
「ウィスキー、水割りはいかがでしょうか?」
少女化したもとおじさんは、青年だった女性のあとについて歩き始めた。そのふたりに触れた三人目の男も、あっというまに変身する。
「アイスクリームは……」
あとは数珠つなぎだった。彼女らが通り過ぎるたび、通路に立っていた老人も子供も青年も、つぎつぎとJR提携各社の販売員となっていった。
「おみやげに、博多のめんたいこ」
「下関のふく茶漬け」
「広島の、もみじまんじゅう」
「岡山名産きびだんご」
「神戸ビーフのお弁当」
「大阪名物、粟おこし」
「京都のおみやげ、八つ橋」
「琵琶湖でとれた、シジミの佃煮」
「名古屋のういろう」
「浜名湖のうなぎパイ」
「静岡のお茶、あべかわ餅」
「わさび漬け」
「伊豆の踊り子、温泉饅頭」
「横浜ハーバーランドの思い出に」
「……」
こちらへゾンビのように向かってくる販売員の群れを見た佐藤は、とっさに妻に叫んだ。
「に、にげろ!」
もちろん妻も、気づいてすぐに逃げようとした。しかし今さらながらに、彼女の反対側の人垣はびくともしないのだった。あっさりと妖怪のような販売員につかまってしまい、妻のグラマラスな肉体は制服に包まれた。その姿が予想外に色っぽかったので、佐藤はどきりとした。
「東京名物……って、なんだったかしら」
両手を売り物に塞がれた彼女は、抱えていた息子を床に下ろした。
「……ママ?」
息子は少しためらったが、不安には勝てず、自分の母親の紺のスカートに両手で捕まった。
「ああん」
息子の身体に変化が現れた。身長はみるみる伸びて妻を追い越す。はじめは細い手足の小学校高学年という感じだったが、やがて身体にふっくらと肉が付いて中学生に、さらにふくらはぎが太くなって女子高生の足になった。胸が膨らんで、とうとう大人の体型になる。そんな「彼女」が、幼稚園児と変わらない半ズボンにミキハウスのプリント入りシャツを着ている……。佐藤は思わず自分の息子の胸を触って確かめてしまった。
「むにゅ。」
たしかに、おっぱいだ。
「パパ……ぼく、からだがへんだよぉ」
シャギーの入ったショートカットの髪がヘアピンでまとめられたころになって、ようやく衣服が変化した。シャツは糊の効いた水色の婦人用カッターシャツになり、ストライプのネクタイがきりりとしまる。無地の紺のスカートが彼女の腰を取り囲み、生足はストッキングで覆われた。ズック靴はパンプスに変わって足を小さく見せる。ブラジャーが透けて見えると同時に、彼女はかるくもだえた。モー娘そっくりの女性が、じっと佐藤を見つめている。
「あ、あの……」
ついさっきまで息子だった女性は、くるりときびすを返すと売り物の入ったカートを押しはじめた。
「お弁当、コーヒー、紅茶、ジュース、スナック、雑誌もございます」
止めなければ! 佐藤は慌てて財布を取り出すと、叫んだ。
「雑誌ください!」
彼の息子だったものは、少し悲しげに振り返った。
「ええと、ええと……ごひゃく、じゅうえん、です」
「あ、ありがとう。……じゃ、なくて!」
佐藤はなんとか息子の正気を取り戻したかったが、会話は成立しなかった。なぜかほかの客たちまで、魔力に取り憑かれたのか我先に商品を買いはじめたのだ。雑誌(あのJR独自ブランドのやつ)が、いままで見たこともないほどの冊数、売れた。
でも商品はカートから無限に出てきた。息子だった彼女は注文を聞き、商品を手渡し、代金を受け取る作業をひたすら繰り返した。つらそうな顔が、ますます曇ってきた。
そして、ついに限界がきた。彼女は下腹を押さえた。
「おしっこ……。漏れちゃった」
佐藤は目をそらした。いつのまにか、白い洋服の少女はいなくなっていた。
新幹線の販売員さんってわかります? あの人たちって、ぎりぎりの大きさのカートを牽いているのに、通路に立ってる人をうまく避けますよねー。先を急ぐあの子に一番ふさわしいお仕事だと思いました。
でも、間に合わなかったみたいです。ちょっと残念でした。
あたしはこのまま旅を続ける予定です。つぎは……どうなるかな?
(終わり)